さなぎ
「ねえ、あたしサナギになりたいの」


妻がそんなことを言い出したのは確か夜半過ぎのことだった。
僕はあくびをかみ殺しながら読みかけの本に栞をはさんでいたところだった。

もちろんショックを受けなかったといえば嘘になる。
でも僕にはなんとなくわかっていたのだ。
遅かれ早かれいつか彼女がそう言い出すであろうことは。
僕たちは子どもも作らなかったし、
彼女はいつだって何者かになりたがっていた。


「もうラスト・チャンスだから」

結婚年齢だって出産年齢だってあがってるし、
ニートなんて言葉もはやっているけどご多分にもれず。
昨今はサナギ化年齢も格段にあがってきている。
しかし、もちろん高年齢でのサナギ化はそれなりに高いリスクを伴う。
彼女はまだ30代とはいえサナギ化するにはもはや高年齢の域に達していた。


サナギになればならなかったときよりも確実に
ひとかどの成功を収めるチャンスが広がっている。
本人のスキルアップはもちろん、サナギから孵った者だという
社会的アナウンス効果もバカにはできなかった。
実際にサナギ化をするのは1000人に一人くらい、成功率は20代前半の適齢期で70%くらい。
年齢が上がるにつれ成功率はゆるやかに落ちていく。
とりわけクリエイティブな分野での需要が高く、TVなどで活躍するアイドルやタレントの大半が
ローティーンでサナギ化に成功したというプロフィールを謳っていた。

妻の場合、僕にはもはや彼女を押しとどめることができないのはわかっていた。
20代の前半で僕と彼女は出会い、恋に落ち結婚した。
結婚してから今まで彼女は一度としてサナギ化を口にしたことはなかったが
それでも僕は彼女がずっとそれを強く希求してきたことを知っていた。

「いいんじゃない」

他に何が言えただろう?


「やってごらんよ」


僕は妻を愛している。
とても彼女を愛している。

最後の夜、僕は何度も何度も彼女を抱き締めた。


次の日の朝、ベッドの上で彼女はサナギになっていた。
薄い若葉色のそれはやわらかな白い起毛にうっすらと包まれ、
とても綺麗だった。


2日が経ち、4日が経ち、一週間が過ぎた。
サナギは枯れ葉のように黄色く変色して表面が乾いてきた。

それからまた一週間が経ち、もはやそれは完全に茶色くなり
少し縮んだような気がした。

三ヶ月も過ぎるとサナギはかつての三分の一くらいの大きさと重さになっていた。
僕はサナギが一般にどのような経過をたどりどの位の期間で孵るのか、
敢えて調べようとはしなかった。

半年が過ぎると妻のサナギはすっかり縮んでしまい
手のひらに乗るほどの大きさになってしまった。

彼女がサナギになって一周年の朝、
僕は彼女のサナギをストラップのように自分の携帯に取り付けた。
これでいつでも彼女を携帯しておける。
家を離れているときでもいつでも彼女がサナギから孵っても大丈夫なように。


彼女はいつ孵るんだろう?
彼女はいつ帰るんだろう?

彼女はいつ孵るんだろう?
彼女はいつ帰るんだろう?




僕の胸ポケットの中で僕の鼓動につれ、
堅く縮んだサナギが小さく振動したような






そんな気がした。



アレな散文コンテスト 一休杯開催!



★★★★★★【アレな散文コンテスト 一休杯】★★★★★★
- 企画内容 -
この中でアレな人は手を挙げて?はい、挙げなかったアナタ。
アナタは間違いなくアレ。
ってわけで、アレな散文を書いてTBして下さい。
アレな感じなら何でもアリ。
エントリー期限は7/2 23:59まで。
アレって何?と聞くのは禁句です。

- 参加資格 -
アレな人、もしくはドン引きされる覚悟のある人

- 審査方法 -
一休杯なので、エントリー締め切り後にエキブロ代表のアレ、
審査委員長のikkyuu_as_cousakuさんが作品の審査講評をしてくれます。

※アレでも参加出来るようにテンプレを文末にコピペお願いします。

開催地 毎日が送りバント (http://earll73.exblog.jp/)
審査員 Roller skates Park (http://cousaku.exblog.jp/)
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
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by midnight_egg | 2005-07-02 23:29 | 散文


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